天才サファリパークを作るとしたらこんな説明文を書く

没ネタ。
変人サファリパークではなく、
天才サファリパークというテーマパークにするとしたら
どんな文章にするか

 

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天才 – 天から与えられた才能を持つ人

天才サファリパークとは、
天才たちの生態をみて楽しく学べるテーマパークであり、
それをつくるために設立された
NPO法人の名前でもあります。

でも別に、天才をどこかに集めて
入場料もらうとかはしませんよ。

どちらかというと、
既に世の中そのものが天才サファリパークなのに、
誰も気づいていない!

だから、まずは私が園長となり、
同じような考え方の人と一緒に、
天才サファリパークの楽しみ方を形にしていこうという趣旨です。

天才とはそもそも周囲に認められるものです。
自称ではない。

ということは、自分がいかに他人の個性を、
とくに一般的に褒められるようなことではない個性すらも、
「才能」としてポジティブにとらえられるか、
それが天才サファリパークを楽しめるかどうかの分かれ目となります。

ところで、私の本職は企業の人事です。
人事というのはそのひとの強みを活かして、
会社にどのように貢献してもらうかを考える仕事でもあります。

まあただ、ぶっちゃけた話、
会社で働けないような「無職・ニート」と呼ばれる人の中にも
たくさん面白い人
(今回の文脈で書くと、一般的には認められないだろうなあ
というような才能を持った人)がいて、
彼らに対して、人事としての私はなにもできないわけですね。

それはもどかしかった。
彼らは面白いからそのままでいいのに、働けとか言うなよ。
そのまま保存したい!と思ってしまいます。
(保存とかいうと失礼ですかね。すみません。でも天然記念物のように、
そういうひとた大切にした方がいいと思うんです。絶滅する前に!)

別に、働いている人でも同じことをおもったりします。

大学時代から知っている友人とかで、社会人になったら
「あー、こいつあんなに面白かったのになんか普通になってる!」
と思っちゃう人もいるわけですよ。

もちろん、そいつなりの事情があるから
ぜんぜんそれはそれでいいんですけど。
でも、聞く限り明らかに
そいつの強みや魅力を活かした仕事につけてない。
そういうのも、もったいないなあと、私は思ってしまうわけです。

建前ではなく、本当に私は、
人間誰しも才能があると思っているいます。

もちろん活かしやすい才能と活かしにくい才能があるはず。
でもそれはさ、周囲の才能を活かす側の問題であり、
本人だけの問題じゃないんだよ。
天才サファリパーク運営側の問題だよ!と考えています。

ということで、この広大な
天才サファリパークの遊び方を一緒に考えていきましょう。

面白い人事なら、どんな短所でも「才能」と見なすことができる。つまり才能大喜利

 

「才能」の定義はいろいろあるはずだが、

確かストレングスファインダーでお馴染みの「さあ、才能に目覚めよう」の本には、

その人の得意な思考パターン=才能と定義していたはず。

(その思考パターンに関係ある脳のシナプスがたくさん使われているので、

他の人よりそのパターンが得意になる、みたいな。)

たとえ話としてかかれていたのは、

何か仕事を頼まれたときの話。

最初に考えることは人それぞれで、

・目的は何だろう

・誰と一緒にやろう

・リスクは何だろう

などいろいろであり、

それがその人の得意な思考パターンだ。

という説明があったような。

ちなみに私は、「どうやったら面白くなるか」を最初に考えてしまう。

(そして目的を見失う)

ただ、才能という言葉には、

一般的には「何かしら役立つこと」というニュアンスが含まれている気がする。

でも「役に立つ」なんてなんとでも解釈できるから、

どうにでもなってしまうし、

人間のあらゆる特性を「才能」と見なす能力を身につけた方が

面白い人事の能力としてはいいんじゃないかと考えている。

もっと具体的に書くと、

他の人にとっては役に立たないし、むしろマイナス評価の部分だけをとりあげて、

それを役立たせる方法を見いだす能力を身につけたい。

私は、無職のダメ人間が大好きなので、

いつも「こいつらは面白いから、働かせたらだめだ。このまま保存する方法はないものか?」

と考えているから、ある程度「意味ないことに価値を見いだす才能」があるはずだ。

ちなみに、セブ島にニートを送り込んだときは、

彼の才能を「なんでも言うことを聞く」だと考えてました。

普通断るよ!